『nyx』創刊号「人文学とエコノミーのために」選書リスト

2015/5/16 『nyx』創刊記念 ジュンク堂難波店イベント「人文学とエコノミーのために」佐々木雄大× 隠岐さや香× 岡本源太 来場者特典配布ブックリスト

佐々木雄大 選書

エコノミーの古典へ

クセノフォン『オイコノミコス―家政について』

越前谷悦子訳、リーベル出版、二〇一〇年

オイコノミア(家政)を主題とする最古の書。よき家政家とは、単に家の財産をうまくやりくりする人を意味するわけではない。それは、理想的な人間「カロスカガトス」でもあるのだ。キケロも愛読・翻訳したこの書は、西欧におけるエコノミーの思想の原型となった。


アリストテレス『政治学』

牛田徳子訳、京都大学学術出版会、二〇〇一年

第一部がオイコノミア(家政)論。家政は政治術でもないし、貨殖術(お金を増やす術)でもない。『ニコマコス倫理学』で描かれた徳のある人とは、家政のよき主人であった。プラトン『国家』、偽アリストテレス『家政論』と読み比べてみることで、アリストテレスの理念が明らかになるだろう。


『新約聖書 訳と註4』

田川建三訳、作品社、二〇〇九年

『新約聖書』のうち、パウロ書簡の一部と擬似パウロ書簡が収録されている。エコノミーとの関連では、全宇宙がキリストの身体となり、人類の救済が告知される「エフェソ書」が重要。迫力のある訳註をじっくり読み込むことをお薦めする。


ニーチェ『道徳の系譜』

木場深定訳、岩波書店、一九六四年

エコノミーがキリスト教神学と深く結び付いたものだとすれば、ニーチェによるキリスト教道徳批判はまた、エコノミー批判としても読まれなければならない。読解のキーワードは「負債と節約」。


荻生徂徠『政談』

辻達也編纂、岩波書店、一九八七年

日本の「経世論」の古典。第二巻が経済論になっている。徂徠は「国天下を治むるには、まず富豊かなるようにする事、これ治めの根本也」といい、貨幣経済の浸透という現実を前にして、制度による統制を唱えた。その思想はやがて、太宰春台、海保青陵へと引き継がれていく。

エコノミーの歴史を振り返る

ロースキイ『キリスト教東方の神秘思想』

宮本久雄訳、勁草書房、一九八六年

西方ラテンのキリスト教神学とは異なるオイコノミアの系譜が、東方ギリシャの神秘思想にはあった。テオロギア(神学)とオイコノミア(救済史)との区別を調停するもの、それは「エネルギー」である。ギリシャ教父、カッパドキアの三教父から一九世紀のロシア正教まで。


ロラン・バルト『旧修辞学 便覧』

沢崎浩平訳、みすず書房、一九七九年

修辞学の歴史と体系が簡潔にまとめられた入門書。エコノミー概念との関連では、dispositio(題材の配列)の項目が重要。「自然的秩序」と「人為的秩序」の逆説的な関係から、秩序とエコノミーの問題を見直してみる。

     

エミール・バンヴェニスト『インド=ヨーロッパ諸制度語彙集1 経済・親族・社会』

前田耕作・蔵持不三也他訳、言叢社、一九九九年

インド=ヨーロッパ諸語の重要な語をその語源から解き明かす。西洋の概念について考える際、まずはこの本を繙く。「与える」と「取る」は元々同じ言葉だった、「商業」という職業を意味する言葉はなかった等、気が向いたときにぱらぱらとページをめくるだけでも、面白い発見がある。


アルバート・O.ハーシュマン『情念の政治経済学』

佐々木毅・旦祐介訳、法政大学出版局、一九八五年

「情念」という観点からポリティカル・エコノミーの成立が論じられる。今日では批判されがちな「利益」の追求は、初期近代ではむしろ強烈な「情念」を穏やかにするものと期待されていた。また、モンテスキューの政治が「事物の配置」だという指摘にも注目しよう。


大黒俊二  『嘘と貪欲―西欧中世の商業・商人観』

名古屋大学出版会、二〇〇六年

中世のスコラ学で禁じられていた徴利(ウスラ)をいかに克服し、商業が是認されていったのか。その謎を解く鍵は、一三世紀のフランシスコ会士オリーヴィの経済論にあった。本書で説かれている、西欧中世思想を日本語で研究するメリットは、エコノミーの概念史研究にも通底する。

エコノミーの内と外

モース『贈与論』

吉田禎吾・江川純一訳、筑摩書房、二〇〇九年

人はなぜ贈り物を与え・受け取り・返すのか。経済的利益を追求する近代的な「ホモ・エコノミクス」を批判し、そのオルタナティブとして贈与経済の可能性を見出そうとする。二○世紀の哲学・思想に大きな影響を与え、今なお読まれるべき贈与論の記念碑的著作。


バタイユ『呪われた部分』

生田耕作訳、二見書房、一九七三年

経済と道徳を顚覆する試み。エネルギーはつねに過剰であり、成長の限界において、人は富を消尽・贈与する。「一般エコノミー」の観点から、供犠やポトラッチ、イスラーム、チベット仏教、資本主義といった様々な具体的事例が分析の俎上に載せられる。


フーコー『ミシェル・フーコー講義集成〈7〉安全・領土・人口』

高桑和巳訳、筑摩書房、二〇〇七年

現代の安全社会の根柢にある「統治性」。それは、一方で、政治経済学を知の形式とするがゆえに、他方で、魂の統治(オイコノミア)を行使する司牧権力に起源を持つがゆえに、エコノミーと深く関係している。本書は、やがて「生政治」論へと発展していき、また、アガンベンの着想源ともなった。


カントーロヴィチ『王の二つの身体(上・下)』

小林公訳、筑摩書房、二〇〇三年

エコノミーの問題は、政治神学という観点からも捉える必要がある。王権は世俗化されたキリスト論によって基礎付けられ、近代国家は中世の神学的議論を通じて形成されていった。豊富な文献・図像史料を眺めるだけでも楽しい。


熊野純彦『マルクス 資本論の思考』

せりか書房、二〇一三年

現在、「エコノミー」を語るとしたら、マルクスを読まずに済ますことはできない。「エコノミー」を、人間の生の条件ととるにせよ、経済・資本主義ととるにせよ。『資本論』全三巻と対峙するこの書は、マルクスの思考へのよき導きとなるだろう。「おわりに」の宗教批判も必読。


隠岐さや香『科学アカデミーと「有用な科学」―フォントネルの夢からコンドルセのユートピア』

名古屋大学出版会、二〇一一年

科学者という職業の成立過程を追うため、一八世紀に存在した科学アカデミーの歴史を扱った本であるが、『百科全書』の時代のあとの「エコノミー」を自然科学者がどう捉えたかということにも触れている。


隠岐さや香 選書

『百科全書』と啓蒙のエコノミー関連ブックガイド

ディドロ、ダランベール編『百科全書―序論および代表項目』

桑原武夫訳編、岩波文庫、一九九五年

『百科全書』の序論と代表的な項目を抜粋して訳したもので、手軽に全体の雰囲気を知るには最適。


ケネー『経済表』

平田清明訳、岩波文庫、二〇一三年

いわゆるフィジオクラシー(重農学派)の古典。


ルソー『政治経済論』

河野健二訳、岩波文庫、一九五一年

少し前までは「経済学史」の枠に入りきらず、いわゆる文学的なルソー研究からも外れるという扱いだったが、最近注目が集まっている。


トマス・アクィナス『君主の統治について 謹んでキプロス王に捧げる』

柴田平三郎訳、岩波文庫、二〇〇九年

マキャベリより前の時代の、キリスト教的な道徳観にもとづく中世の帝王学書の様子が伺える。


寺田元一『「編集知」の世紀―一八世紀フランスにおける「市民的公共圏」と『百科全書』』

日本評論社、二〇〇三年

啓蒙の時代は何故『百科全書』を生んだのか? 市民的公共圏が果たした巨大事典の誕生に果たした役割と、そこでのディドロ、ダランベールといった人々のネットワークのあり方、そして編集という行為が持っていた意味について解説。


鷲見洋一『『百科全書』と世界図絵』

岩波書店、二〇〇九年

『百科全書』とそれを支えた文化について、エッセイ的な文章も交えながら分野横断的に伝える書。電子化時代の研究の様子も伺える。


ダニエル・R・ヘドリック『情報時代の到来―「理性と革命の時代」における知識のテクノロジー』

塚原東吾・隠岐さや香訳、法政大学出版会、二〇一一年

一八世紀が辞書や事典、地図作成、科学用語など、情報分類と整理に関わる手法において革命的な発展のあった時代であることについて。『百科全書』のような書物が作られていく経緯や、その特徴、同書の何が新しさであったのかがよくわかる。


ロバート・ダーントン『猫の大虐殺』

海俣眞夫、鷲見洋一訳、岩波現代文庫、二〇〇七年

「エコノミー」からは少し離れてしまうが、啓蒙の時代とよばれる一八世紀の人々の文化や精神世界を垣間見ることのできる一冊。文字の読めない農民が楽しんだ民話の話や、猫が殺される労働者の叛乱から、読書する知的な人々にルソーが与えた影響まで幅広く読める。


御崎加代子『フランス経済学史-ケネーからワルラスまで』

昭和堂、二〇〇六年

米田昇平『欲求と秩序-一八世紀フランス経済学の展開』昭和堂、二〇〇五年

共にフランス独自の経済学の系譜を追いかけた研究書。関心のある方は是非。



岡本源太 選書

ジョルジョ・アガンベン『王国と栄光』

高桑和巳訳、青土社、二〇一〇年


マーク・シェル『芸術と貨幣』

小澤博訳、みすず書房、二〇〇四年


アガンベン哲学と「エコノミー」概念史に関して、『ニュクス』創刊号掲載の論考「『天使』への序論」の含意を十全に把握するには、このあたりの書物を一緒にどうぞ。中世のキリスト教の神学や天使論のなかに、「エコノミー」をめぐる近代以降の思想の根源が発掘されていきます。芸術や図像といった美学・美術史の研究対象がそこにいかに深く浸透しているのかも、あわせて要注意です。



偽アリストテレス『経済学』(旧版アリストテレス全集第一五巻所収)

村川堅太郎訳、岩波書店、一九六九年〔なお、新版アリストテレス全集第一七巻として、『家政論』瀬口昌久訳が同じ岩波書店から近刊予定です〕


レオン・バッティスタ・アルベルティ『家族論』

池上俊一、徳橋曜訳、講談社、二〇一〇年

古代から近代への「エコノミー」概念の転換を探るなら、たとえば古代のアリストテレス偽書とルネサンス期の万能人アルベルティの著書とを読み比べてみてください。近代の黎明たるルネサンスにひそかに進展していた友愛の共同体の変化は、細心の読解を要します。



ウィリアム・シェイクスピア『ヴェニスの商人』〔邦訳はいくつもありますので、お好みの文体のものをどうぞ。読み比べるのも面白いでしょう〕


ジョルダーノ・ブルーノ『カンデライオ』

加藤守通訳、東信堂、二〇〇三年


赤瀬川原平『ふしぎなお金』毎日新聞社、二〇〇五年

もうすこし気軽に接したいとあれば、二篇のルネサンス喜劇などいかがでしょう。貨幣の呪力が引き起こすドタバタ人間模様は、はたして僕らにとって遙かな過去の遠い異国のものなのでしょうか。同じように一歩身を引いて現代を眺めてみるのに、千円札裁判で知られる現代の芸術家が制作した「大人の絵本」もお薦めです。

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